コラムブログ「だが興味は持て」

気が向いたら書く!

「ネタバレ」に興味を持て

2019年12月22日 僕は焦っていた

 

申請が通らなかったシフトを恨みながら

全ての情報を遮断するべく 音の出ていないイヤホンを耳に付ける

 

いや別に音を出してもよかったのではあるが

スマホを無闇に操作して ニュースサイトにでも辿り着いてしまうとまずい

 

情報過多社会は 僕のような小心者をいたずらに不安にさせる

 

 

元々は ネタバレを気にするような性分ではなかった

 

しかしこの世には 親でも殺されたんかってくらいに

ネタバレという存在を恨み 滅殺せんとする流派があることも知っている

 

かくいう僕の配偶者がそうである

 

映画好きである彼女は 先日もスターウォーズの新作を観に行ったのだが

事前情報はほぼ入れることなく 新鮮な気持ちを抱えて映画館に向かった様子で

 

また好きなアーティストのツアーライブがある期間は

自分が行くライブより先にあるライブの感想を見たくないという理由で

 

ネタバレをしそうなTwitterアカウントを一時的に切るという徹底ぶり

 

 

しかし僕はそうではない

理由は2つある

 

1つは至極単純

そこまでしてネタバレを回避するのが面倒という理由である

 

2つ目は 仮にネタバレを見てしまったからといって

全てをが水泡に帰すほどではないだろう という思いからである

 

つまり ネタバレとは起承転結の「結」の部分であり

起と承と転にまだ楽しめる余地が充分残されている という考え方だ

 

めぞん一刻」での 響子さんの有名な決め台詞

 

「一日でいいから、私より長生きして」

 

これを事前に知っていたからといって

めぞん一刻」の面白さは変わるものではない ってことだ

 

むしろこれだけの名作 かつ情報に溢れた現代社会において

このセリフを知らないまま生きていく方が 僕は難しいと思う

 

 

そう考えると この世は本当にネタバレで溢れかえっている

 

コンビニに入ると まず入り口にあるのは新聞だ

右に曲がると雑誌コーナーがあり 表紙には情報と煽りが踊っている

 

それを見ないように左手を向いたって 化粧品や日用品コーナーがあって

それらを売るための文字情報や写真で スペースは埋め尽くされている

 

おにぎりには「期間限定100円セール!」と

パン売り場には「さらにおいしくなりました!」と

 

こういった全てに

 

「おにぎり100円なのかよ!レジで初めて知りたかったのに興ざめだわ!」

「さらにおいしくなったってのは 食べてから俺が思うことだから!」

 

と いちいちいちゃもんを付けていくことだって不可能ではない

 

しかしながら そうした情報を甘んじて受け入れながら

もしくはスルーをしながら生きていくことに 僕達は慣れてしまっている

 

 

程度の差はあれど ネタバレを気にしながら日常を過ごすことは

かなり苦しくなってきているのだと 思わざるを得ないのである

 

僕が言う「ネタバレを気にしない」というのは

ある種の諦めであり 流されてしまっているのでもあろう

 

 

だから という訳ではないのだが

僕は人生で初めてくらいのレベルで ネタバレ回避に挑むことにした

 

2019年12月22日

何があった日であろうか

 

M-1グランプリ2019」があった日である

 

野暮を承知で説明をすると

その年で一番面白い漫才師を決める賞レース番組である

 

 

減ってしまったとはいえ テレビのネタ番組はこの世に数多ある

 

じゃあ何故M-1が特別なのかといえば

ひとえに「緊張感」というポイントに尽きると思う

 

人生を懸けて ステージに立つ演者の皆さんと

その人生を担うことになるであろう 審査員の方々

 

テレビの作りとしても バラエティとしての体裁を保ちつつ

緊張感を掻き立てるべく アオリの演出を髄所に挿し込んでくる

 

これは見終わってからの感想なので時間は前後するが

特に今回のM-1は その緊張感のバランスが絶妙だったと思う

 

優勝したミルクボーイはもちろん ぺこぱ オズワルド すゑひろがりず etc...

失礼ではあるが 事前の知名度はいまいちだった

 

それだけに「この舞台に懸ける!」という意気込み

そこが審査のポイントになったことで 番組に緊張感が増すことになったのだろう

 

もうそれなりに有名な人たちが もちろん面白いであろう演目を披露して

優勝をして 評価と知名度を更に上げる

 

それでは観ている側のカタルシスは満たされなくなっていたのだ

 

もちろんこれは 視聴者のわがままであるので

演者にそれを強いるのはあまりにも失礼というもので

 

あくまで今回のM-1たまたまこうなって面白かった というお話

 

 

時を戻そう

(このネタの汎用性の高さが僕は大好きである)

 

 

きたるべきM-1に向けて 事前情報もほぼ遮断した

(『〇〇が面白い』という噂程度はむしろ薬になるので頭に入れておいた)

 

ネットでもラジオでも 幸いにもネタに関する情報は流れてこず

(ネタバレが如何に危険かというのはみんな知っているのだ)

 

そして当日 仕事中も極力インターネットを見ることはせず

(ヤフーのトップページなんてもっての外である)

 

やっとのことで仕事を終えて 気休めばかりのイヤホンを耳に詰めて

(耳から入る情報ですら 何がネタバレに繋がるかは分からない)

 

スマホカバーを開くことすらなく

スマホのトップページにニュースが出てくる仕様になっていたらどうするのだ)

 

もちろんLINEなんて見る訳もなく

(後で確認したら1件の通知も無かったがそれは結果論だ)

 

街頭広告などのゲリラ的な広告物も避けて通るルートで

(姫路という地方都市にそんなものは無いのであるが)

 

車やバイクも通らないような薄暗い道を通って

(カーステレオでラジオを流している奴がいたらどうするのだ)

ビッグスクーターの無駄にデカいスピーカーでラジオを流している奴がいたらどうするのだ)

(なぜビッグスクーターの無駄にデカいスピーカーから流れてくる音楽はことごとくセンスを疑うような選曲なんだ)

(白くて四角いビッグスクーターで走っている大学生を見て『冷蔵庫に乗ってるみたい』と言ったA君は元気だろうか)

 

 

自転車をぶっ飛ばして 家に到着した

 

時刻は21時を過ぎようとしていたところ

番組自体は既に始まっているので 録画を追っかけることになる

 

しかし油断はするな!

 

ここで慌ててテレビをつけて 審査の場面が出てしまったらどうする

最終決戦進出者は〇〇です!みたいな上戸彩のセリフが入ってきたらどうする

 

上戸彩はもちろん好きだが それは許されざる行為だ

 

ネタバレを防ぐ その一点においてのみに特化した僕のこの数週間

いかに上戸彩とはいえ 重ねた積み木を崩していい訳ではないのだぞ

 

しかしテレビはつけねばならない

タイミングの問題だ 理屈ではない以上それは運だ

 

手に力を込めて リモコンを押す

 

画面に光がともると同時に 録画リストのボタンを連打する

 

テレビの画面にはサブリミナル的に今田耕司の顔が映り

次の瞬間には レコーダーに貯まった録画番組の一覧が現れた

 

 

勝った

最後のギャンブルに僕は勝った

 

録画していたM-1グランプリ2019を 最初から流すことに成功した

 

安堵した

安堵した僕はこの喜びを誰かに伝えたくて スマホを手に取り

 

カバーを開けようとしたところで 我に還った

 

つまみ食いをしようとした子どもをたしなめる母親のように

僕の左手は 僕の右手をピシャリと叩いた

 

 

それから3時間

 

僕は気を抜くとスマホを手にしてしまう習性と戦いながら

M-1グランプリを満喫した

 

僕ほどM-1を楽しんだ人間は居ないんじゃないか

 

そう思わせるほどの充実感は

やはりネタバレを遮断したからなのか

 

ネタバレ容認派であった僕が ネタバレ否定派の立場に立って

純な心でエンターテインメントを味わう その気持ちを味わったのだ

 

もちろんそうして味わった蜜の味は甘美なものであったのだが

事前準備がめちゃくちゃ疲れるので 年に1回くらいでいいなあ

 

今年のM-1も ネタバレ回避で観てみようかしら

 

 

ということを伝えたかったこの記事ですら

やはりネタバレの山なのである

 

ただこれだけは言える

 

たとえネタバレがあったとしても「めぞん一刻」は面白い

だからいちゃもんはつけないでほしい と