コラムブログ「だが興味は持て」

毎週土曜日(水曜日)更新

「書けない」に興味を持て

色々な事に着手をして また色々な事を投げ出してきた筆者であるが

ここまでちゃんとブログの事を忘れていたのには理由がある

 

「書けない」と思ったのだ

 

頭に言葉が浮かんでこない

何かを伝えたいという気持ちはあるのに それを伝える言葉が無い

 

別に今に始まった事ではなく 心身に不調が伴うとこういった事態に陥る

不調の原因は様々であるし 書いていて気持ち良いものばかりではないので割愛する

 

頭の中の語彙力が薄くなっていく感覚

ノンバイナリーな文章というものがあればだけれど 生憎筆者はそれを得ていない

 

30数年間ないがしろにしてきたコミュニケーションの不得手が仇となっている

言葉を使う以外で 人とのやり取りが上手くいかない

 

いやはやそもそも言葉でだって何があるか分かったものではない のは別として

 

じゃあ今までの筆者はどのように文章を書いていたかな と思い返すと

頭の中に出てきた文章をそのまま 時にボキャブラリーを組み替えて作っていた

 

頭に浮かんだ言葉を ほぼそのまま である

 

人の頭の中を覗く方法が確立されていないからして ずっと不明だったのだけれど

どうやら人間の脳とは文字や言葉だけで埋められているものではないらしい

 

筆者は「音」に対する記憶力が著しく弱い

人から聞いた話をメモするなどして 一回言葉に置き換えないと覚えられない

 

小学生の頃のテスト勉強も テキストの見開きページをそのまま記憶して

そのページのこの辺にその回答があった という思い返し方をして点数を取っていた

 

これを「映像記録」と言い 誰でもにある能力ではないそうなのだ

かく言う筆者は 他の人が物事をどうやって記憶しているのか分かっていない

 

相変わらずラジオ番組はよく聴いている

少し聴く量を減らしているが 何かをする時のお供は決まってラジオだ

 

初めて足を踏み入れた土地で ラジオを聴きながら散策するのが大好きだ

先日も香川県高松市うどん屋巡りのお供にラジオを耳に入れ続けていた

 

結果的に高松近辺を歩き続け 口はうどんをすすり続けという忙しい旅であったが

 

その時に聴いたラジオをタイムフリーでもう一度聴いてみたところ

端々ではあるが 音と共に思い出されるのはあの旅の風景や映像であった

 

特に目立った街並みという訳でもないし 番組のヤマ場という訳でもない

何でもないところで何でもない映像が思い出されるような感覚

 

映像と言うか動画で頭に残っているのだろうか

使いどころがあれば便利な頭脳ではあるが まだ筆者には使いどころが分かっていない

 

それどころか 動画は記憶容量をひどく圧迫する

すぐに頭がパンクロックに陥るし パニックと呼んで然るべき心証も時折ある

 

その時にどうなってしまうのかと聞かれれば

今までコミュニケーションの拠り所だった 言葉が出てこなくなってしまうのだ

 

何も「書けなく」なってしまった原因はこの辺にあるのかもしれない と

他者との例に漏れず不思議な構造をしている自分の脳みそを疑いにかかっている

 

筆者は他の人の頭の中にあまり興味が持てない性分だ

それは筆者自身の頭の中にまだまだ分からないところが沢山あるからである

 

自分の考えている事が楽しくてしょうがない そう思えるところまで

そしてそれを言葉で書き表せるまでにはなってきた というお話

 

ここまでを前段として 下の句で付随する文章だけはずっと前から頭にあった

 

「ブログ書きサボってすいません。これから頑張って更新します。」である