コラムブログ「だが興味は持て」

毎週土曜日(水曜日)更新

「目標」に興味を持て

目標を持つ事 大いに結構な事である

 

筆者も小さな頃から 何か目標を持って生きるように世間から言われて育った

(不思議な事に親からは言われなかった 見抜かれていたのかもしれない)

 

「周りの連中と同じ公立中学に行くのが嫌だ」という最悪の理由で学習塾に通い

中学受験で無事第一志望の学校に入ったところで目標が立ち消え 見事に落ちこぼれた

 

その後はこれといった目標も野望も持たないまま 3カ月後には34歳になる

最早目標の立て方も忘れてしまい 今はちょっと伸びた太い鼻毛が気になっている

 

念願叶った小学6年生時の冬を人生のピークと呼ぶ気は毛頭無いけれども

(学力のピークでは確実にあった)

 

それ以来長期的に何かを頑張っただとか がむしゃらに努力した記憶が無い

自慢する事では無いのだが それでも何とかやっていける事が分かってしまった

 

思えば第一志望への入学が決まった時も

 

(筆者の通っていた学校は受験様式が学力テストのみならず『くじ』という項目もあり

運が悪いとテストでは受かっても入学できないという理不尽システムが採用されていた

 

筆者はくじに落ちた後補欠で合格した経緯があるのだがこの話は話題を混乱させるだけである)

 

周りは何だか喜んでくれていたけれど 筆者自身の心情としてはやけに落ち着いていた

「こんなものか」というどこか冷めたような 喜びを一身に受ける感じではなかった

 

配偶者の居る身でこんな事を言うのもどうかと思うのだが

童貞を喪失した18歳の冬の日も「こんなものか」と思った記憶がある

 

言葉にはしづらいのだが 何というかもっと「目標を達成した!」という

身体にはパワーが 心には自信がみなぎるような心情に浸れるのかと想像していたのだ

 

(余談だがその後当時付き合っていた彼女と別れ 途方に暮れた筆者は

あの日捨てた童貞を取り戻せば何とかなる(何が?)のではと思い付き

 

喪失時に使用したラブホテルにまで足を運んだのだが

とっくのとうに閉鎖してしまっており 更に途方に暮れたというエピソードがある)

 

きっとひとかどの人間であれば 目標を達成した後には更なる目標を立てて

徐々に徐々にステップアップをしていくというのがあるべき姿なのだろうとは思う

 

しかしそれまでの経験上 目標達成時にはやたら冷めているくせに

いっちょ前に燃え尽きるか 達成した事を鼻にかけるかのどちらかを選択してしまう

 

そうこうしているうちにどんどん自己評価がひとかどの人間から遠ざかってしまい

夢物語か異世界転生かのような目標ばかり想像してしまっていた

 

本当は目標なんて すぐ近くにあるものの積み重ねである方が良いのだろう

それを重ね重ねていって いつの間にか大きくなっていったぐらいの方が健全である

 

あの日願っていた志望校合格(及び童貞喪失)も 自分が思っていたほど夢ではなく

思いっきり手を伸ばせば届くくらいのものだったのかもしれない 今思えばであるが

 

だからこそ手にしてみた時に「こんなものか」と思ったのだと

 

そう考えると 目標なんてのはようやく手が届いたとしても

「こんなものか」と思えるくらいのものの方が筆者には性分に合っているのかもしれない

 

ちょうど鼻の中で「太い!長い!」と思っていた鼻毛を

いざ抜いてみたら そんなに太くも長くもなかったのと同じように……